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第10回 漢詩を披露したのに

岡田 章一

通訳の意訳といえば、これ以上の「意訳」はあるまいと思われるエピソードがある。約40年前の米国でのこと。その頃はまだ日本人が海外に渡航するのは大変な時代だった。初めて米国を訪問して緊張気味の日本の国会議員が、米国政府の高官に向かって次のようなジョークを言った。「アメリカは米国。我が国はお米の国、だからみな貴国が好きだ」。当時の日本人としてはこの程度が精一杯であったのかもしれない。日本人だけにまぁまぁ通じる駄じゃれである。ところが不運なことに、その時の通訳は米国人女性だった。彼女にはその意味がよく分からない。そこで次のように「通訳」をした。「この方はいま何かジョークを言ったようだが、私には理解できない。面白いことらしいので、とにかく皆さん笑って下さい」。これで米国側は大爆笑。発言した日本人議員の方も、自分の話しが受けたと満足してにっこり。そしてその会談は良い雰囲気のうちに終わったという。

この逸話を持ち出したのは、じつは中国でも似たようなことがあったからである。

ある日本企業の副社長クラスの幹部、ということは年配の人物だが、彼の頭には、中国人といえば漢文の話をすれば喜ぶとの先入観が固まっていた。そして中国出張の度に、難しい漢文書を調べては、漢詩などの文章を幾つか覚えていった。その熱意の程はともかく、困ったのが中国人の通訳である。会議の席で宴会の席で、当の本人が日本で仕込んできた漢詩を披露するたびに、なかなかうまく通訳ができない。当たり前のことで、漢詩をそのまま中国語に言い換えたところで、現代の中国人に分かるものでもないのだ。加えて昔の漢文に関心ある中国人がどれだけいるのかも疑問である。この日本人副社長はご自分の「サービス」がごく一方的なものであることなど全く気付かない。しかも悪いことに、自分の話しへの相手側の反応がいま一つなのが気に入らず、それを通訳が悪いからだと言い出す有り様だった。通訳者こそいい迷惑である。そこで周囲の人々がこの様子を見かねて、その副社長が中国に行く時には、前以てどのような漢詩などが出てくるかをうまく聞き出すことにした。それを通訳者を通して中国側に伝えておき、会談で漢文の話が出たら、適切な対応ができるように準備したのである。そうした工夫のお蔭で、その後は以前と比べて会話もなごやかに進むようになり、会談の場の雰囲気は大いに改善されたという。

二つの話は何れにしても、自分の話しを相手がどう受け取るかという、会話の肝心な部分が押さえられていない。後は通訳任せという、自己満足型の言い放しに過ぎない点に問題があるのだ。ことに日本人にはこのタイプが多いとされるので要注意だと思う。

中国人との会議