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第4回 中国人話術のテクニック

岡田 章一

今でもよく思い出すある会議の一場面がある。それは一人の中国人官僚の発言だった。「日方(日本側)の対応についてですが、どのプロジェクトでも、日方は細部を突っつくだけで、全体を進めようとしない。我々は中・日の共同作業をしているはずだ。これをピアノの演奏に例えると、日本人は常に一本の指で一つ一つキーを叩く。我々は音楽をやりたいのだ。もっと華麗な曲を、両手を使って一台のピアノで共に演奏したい。求大同存小異ですよ」。北京で開かれたある日中間の会議でのことだった。日本側企業からは本社の重役数名が参加し、中国政府側も副部長(次官)を頭に、司長(局長)クラスをずらりと出席させていた。その中で、中国側のある司長が上のような発言をしたのである。彼は、ぐずぐず慎重に構えてなかなか成果を出そうとしない、日本側の尻を叩いたのであった。

中国人と日本人の会議に出ていて、まず決定的な差異を感じるのは、中国人の話し方のうまさではないか、とよく思う。これは、演説や話術のテクニックのことを申しているのではなく、話しが出てくる大元の人間の幅を感ぜざるを得ないということなのだ。例えば上のように、中国人は言い難いことを、やんわりとオブラートに包んで伝えるのが実にうまい。私などは会議でこれがいつ出てくるかと、楽しみにしているくらいだ。とはいっても、決して日本人が話し下手だということではない。日本人だって、素質的にはその面でのセンスはなかなか大したものなのである。仕事外ではよく面白い話しで周囲を楽しませる人が多いのに、会議では畏まってしまって、とんとその才を発揮しようとしない。

さて、冒頭の司長の発言に対する日本側の返答は、恥ずかしいくらいお粗末なものだった。日方を代表して重役の一人が緊張の面持ちで答えたのは、「ピアノの件は分かりました。いまピアノは調律中なので、もう少しお待ちください」。彼が返せたのは、せいぜいこの程度のユーモアだったのである。この場合彼は、「その通り、我々も良い演奏を中国全土に響かせてみたい。しかし、中国側がいつも急げ急げと、楽譜をさっさとめくってしまうから、付いていけないよ」くらいの即答をする元気さが欲しかった。例え話で文句を言われた時こそ、同じベースで言い返すチャンスなのである。きっと中国側もそのような気のきいた反応を期待していたに違いない。会議の場では、とかく中国側は実務的な厳しさに欠けることが多いと思うが、日本人の方も、もっと自然に会話を楽しむ余裕を持ち、本来持っている人間味あるセンスを出せればよいのに、とよく思うのである。

中国人との会議