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中国で成功する社内コミュニケーション
李年古

日系大手企業に勤めるある中国人が、こんな体験を語った。

会社との契約が残り3ヶ月となった時、私は社長に面談を申し込んだ。この一年間、社長から社内向けホームページの設計を任されていた私は、社長を前にして仕上げたサイトのプレゼンテーションを行い、息を殺して社長の意見を待った。
すると社長は、机の書類にうずもれていた頭を上げ、「ところで、君の契約はなぜ一年更新の形態をとっているのか」と尋ねてきた。私がその事情を説明すると、彼は謎が解けた表情を見せ、すぐに立ち上がった。「それじゃ、人事部と相談した後、君にその結果を知らせよう」。・・・私のこの一年間の成果物については、最後まで一言も触れなかった。

これは、筆者が現地の日系企業の中国人管理者向け研修を実施した際、受講者から聞いた不満の一例に過ぎない。一方、日本で各大手企業の社内研修を行う時にも、私はこのような「社長」と頻繁に出会う。彼らは現地従業員との「対話」で、下記の様々な悩みや戸惑いを体験している。
「中国人部下は自己アピールばかりで、会話が一方通行だ」
「責任問題を起こすと、中国人はみんな詭弁の繰り返しで、責任回避の姿勢しか見せない」
「当たり前のことを求めても、常識外れの返事が返ってくる」
「やたらに褒めてはいけない。褒めると、給料アップの口実として利用される」
一体、このように相互の不信感を増幅させる原因はどこにあるのだろうか。日本人赴任者向けの研修現場でまとめた経営者の問題点とその解決法を列挙してみよう。

1、自分の意見を伝える際、その背後に隠された目的や理由をはっきりと説明していない。

例えば、ある経営者はコピー用紙の裏面も再利用するよう従業員に指示を出した。しかし、中国人は裏で皮肉たっぷりな会話を始めた。「売上世界上位にランキングされる企業が、こんなケチなことまでやるなんて!」、「社長は家賃が4000ドルもする高級マンションに住んでいるのに、裏コピーで紙代をコツコツ節約したって意味あるか?」。
多くの日本人経営者は、部下に仕事を任せる際、やるべきことだけを伝えて、なぜやる必要があるのかについて説明する習慣はない。言わなくても分かるはずだと考える。所謂ハイ・コンテキストのコミュニケーションスタイルを持っている日本人同士なら、言わなくても通じるが、海外ではこのような指示を受けた現地社員は「まるで道具のように働かされている」と気分を害し、やりがいを感じなくなる。
この対処法としては、常に「日本の常識」イコール「相手国の非常識」という問題意識を持つことだ。コミュニケーションは情報伝達だけでは成り立たない。自分の考えとその考えの根拠や理由を伝えることが大事なのだ。相手に何かを求める場合は、特にその具体的なイメージを明確に提示しよう。

2、「言い訳が多い」という言い訳で、傾聴の姿勢が見られない。

元々、日本人のコミュニケーションの特徴は「聞き手」型、即ち「相手の話を理解することに重点を置いている」と言われているが、私は中国に赴任している日本人から、「言い訳ばかりの中国人に一々聞くことなど必要ない」という声をよく聞く。私はこれに全く賛成できない。言い訳をよく聞くことは、中国人の考えや価値観を理解する上で欠かせないステップだと思うからだ。10の言い訳があれば、10を良く聞いて初めて、一つ一つの反論の根拠が見出せるではないだろうか。
 もちろん、傾聴するだけではなく、適切な質問を投げかけて、お互いの見解の違いを明確にしたり、問題の解決法を掘り下げたりして、理解を深めることも必要だ。相手自身に問題を気付かせることが大切なマネジメントコミュニケーションの手段である。

3、論理立てて相手を説得する力が不足。

ある日本人の宿泊客がホテルのエレベーターに閉じ込められた。出てからホテルのロビー責任者の中国人が一言も謝らないことに腹を立て、日本人の社長に直訴した。もしあなたが社長なら、この従業員にどう説得して自分の非に気付かせるだろうか。
日中異文化研修を行う際、私はいつもこのケースを元に参加者とロールプレーを演じてきた。年間40回にのぼる研修を繰り返してきたが、いろいろと理由を主張する中国人役の私の「詭弁」(中国人的な考えと論理に基づけば決して詭弁ではないのだが)に論理立てて上手く説得できた参加者はほんの一握りに過ぎなかった。
確かに、理屈が通じないとたとえ相手の主張が正しくても容易に受け入れようとしない中国人は多い。逆に多少の詭弁も理に適えば、納得できるのも中国人だ。つまり、経営者 にとっては相手を論理的に論破させることが大きな課題となる。
ある日、私の中国人友人は宴会の席上、「私が1杯飲んだら、あなたは3杯飲まなければいけない」と言って日本人に乾杯を求めた。「なぜ?!」一瞬戸惑った日本人に対し、友人は詭弁を始めた。「だって、日本のGDPは中国の3倍だから、その比率で乾杯するのが当たり前だろう」
日本人は苦笑して返事を詰まらせた。しかし、私は直ちに日本人が返すべき言葉が頭によぎった。「だったら、私が1杯飲めばあなたは13杯飲む必要があるじゃないか。…中国人との人口比率で換算すれば」
中国人とのコミュニケーションには、こうした「飲みにケーション」の説得方法を用いるのも確かに有効だ。

4、「問題児」重視のコミュニケーションが問題だ。

子供の頃、両親から「優等生」だとみなされてきた私は、学校で家長が全員参加すべき会議があっても「先生はお前について何も悪いことを言ってこないから、出席する必要はない」と言われてきた。いつか大きな騒ぎを起こして、家長と先生の眼を一度でも自分に向かわせよう、と何度真剣に考えたことだろう。
「意見が対立する中国人とのコミュニケーションが一番難しい」と多くの経営者は口にするが、実は「優等生」の中国人部下ほど、普段社長から放っておかれることが多く、逆に「問題児」の方が経営者の目に止まり、社長と中身の濃い会話をするチャンスがある。
このようなコミュニケーション自体が社員のやる気を殺すのだと、注意を喚起したい。