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漢字から見られた文化の異同

李 年古

「美」意識

日本人のもっとも好きな漢字を挙げてみれば、おそらく「美」という文字が断然としてトップに立つに違いないだろう。

しかし、「美」という漢字の本来の意味を掘り下げてみると、一般の日本人に案外に知られていないと思う。

「美」は、字面の通り、「羊」と「大」との組み合わせである。つまり、中国人の先祖たちは美味しい羊の大きさに美しさを感じていたはずである。

もちろん、時代の変化にともなって、「美」の中身も変わってくる。人類は生存能力が伸びることによって、羊はますます豊かな食卓の隅に退けられ、「美」とは縁の遠い存在になった。しかし、「美」と「大」の関係が今なお中国人の美意識に深く関わっているようだ。ものごとは、大きいであればあるほど、「美」という性質を帯びているように思える。サイズこそ「美」にみなされる決め手だ。これが実に不思議な美意識だと言えよう。

このような中国的な美意識が漢字を作り上げた中国人の伝統価値観に根強く植え付けられている。

例えば「大中華民族」――プライドの高い中国人は「大きさ」から誇りを感じ取る。生活のあらゆる面においては「大」という一文字をつけるだけで価値・権威といったシンボル的な重みが社会的に認知される。「大人」、「大官」、「大丈夫」(旦那の意)、「大師傳」(腕の強い人間)、階層社会の中で「大」を冠せば必ず高い地位を説明できる。または「大」と絡めば、褒める言葉に決まっている。「大将風度」、「大家之気」、「大器晩成」、「大家閏秀」、「大義凛然」。これらの格好いいことがすべて「大」から始まる。  

社会活動を行う場合も、「大」の一文字を冠せば正義の色付けにもなる。「大躍進」、「文化大革命」、「大鳴大放」、それに合っている。「大」はまるで「美」の別称になっている。「大きい」という美の性格にこれほどこだわっている民族はほかに見られないと言ってよい。

これと対極した言葉で、「小」は、どのようなイメージになるだろう。

「小人」、「小気」、「小家之器」、「胆小鬼」、いつも美と正反対な意味合いで、むしろ「醜い」と同義語として使われている。

このような美意識の延長線にあるのは、消費対象になっている商品ても大きいことは価値あること、という潜意識的な消費観が見られている。伝統意識強い農村はなおさらこの価値観をまるきり抱いているという。

ある笑いばらしがこれらの意識の普遍的な存在を実証する好例かもしれないである。

「ある田舎の者は、置き時計を買いに行った。安い置き時計を買って、コインのお釣りが出てきた。彼は店員にこう頼んだ。『お釣りをもらうのは面倒臭いだ。ほら、あそこにちっちゃい時計があっただろう』彼は指でショーケースに指した。『お釣りでそれをもらおうか』。彼の指が指したのは、高価の腕時計だった」

この知れ渡れている笑い話は、田舎の人に対する軽蔑もにじんでいるには違いない。つまり、「美」の進化を知らない人が、嘲笑の対象にもなっている。この差別な意味合いをさておき、実に中国人の伝統的な美意識を絶妙に語っているではないでしょうか。