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駆け引きでよく使われる交渉術

李 年古

「貸比三家」

これは、中国でよく使われる格言で、品物を買う時には数軒の店を見比べて買えば損をしない、といった意味である。駆け引きをする場合、利害得失を見定める最も有効な手段、あるいは相手を譲歩させる最も重要な手段とは、相手とその競合者との価格や品質などの点を比較する点にある、ということである。

【事例1】

日本に滞在しているある中国人の話である。あるときその中国人は引越しをするために、専門の運送会社に見積りを依頼した。彼の指定した時間に下見にきた運送会社の営業マンは、思わず驚きびっくりさせられることになる。それは、他にも二社の運送会社の担当者がやって来ていたからである。鉢合わせをした彼らが、中国人に向かって訪ねてみると、彼が3社の下見の時間をわざと同じ時刻にしたことがわかった。営業マンたちはみな一様に顔色を変え、不快感をあらわにし、見積りもしないで帰っていった。見積りを依頼した中国人の方は、いったいなにが起ったのかわからなかった。

「風物長宜放眼量」

一種の説得手段といえるもので、現在の一時的な利益を追求するよりも、より長期的な展望に立ち、将来の大きな利益を手に入れることに着眼すべきだ、といったように相手の交渉戦略を「競合」から「譲歩」に変えさせようと持ちかけるやり方である。

「好得不如現得」

これは、「風物長宜放眼量」とはまったく逆の考え方で、提示した交渉条件が相手にとりきびしくて、利益が少なく不満が残る場合などに、「このタイミングとチャンスを逃すと、目の前の利益までをも失いかねないぞ」と力説するのである。続いて、将来の利益を見込んでじっと待つよりも、現在の利益を手っ取り早く取ってしまった方がよい、と相手にたたみかけていくわけである。

【事例2】

現在中国には株への投資に熱中している市民の数が何千万人にものぼろうとしている(2000年6月現在、中国の株投資家の口座数が5000万を超えた)。彼らの投資家としての大きな特徴は、その絶対多数が、どのような優良株でもそれを長期的に取って置くことをしない点にある。いくらその成長株が将来に大きな値上がりの可能性があろうとも、今売れば確実に少しでも儲かるならば、それがどんな優良株であろうとも、さっさと手放してしまう。このように中国人の株投資は極端に投機的な傾向が強い。まさに見事に「好得不如現得」という中国人のメンタリティをあらわしている実例である。

【事例3】

日中の企業間で頻繁に起きる大きなトラブルの一つを紹介しておこう。その例は、両者の合弁企業の利益配分をめぐる意見の対立のことである。なにかというと、日本側は合弁企業の将来の発展を考えて、利益配当分はあくまで社内への留保・再投資に回すべきだと主張するのだが、中国側はしばしば投資主への利益還元を最優先すべきだと申し立てる。よく日本人の経営者から「近視眼的」と批判されるケースだ。しかし、中国人の心の中には、変化無常の将来に対する不安がつねに渦巻いており、誰も約束できないような将来の利益よりも、手っ取り早く目前にある現実の利益を得る方が賢明だと思っていることを忘れてはならない。「この村を通り過ぎると、次の地には店がもうない」といった古語が教えるように、以後チャンスは二度と訪れないかもしれないとの切羽詰まった、一種の被害者的な意識があることである。

「中国人との交渉術」より抜粋