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第1回 中国における民間企業の発展とその実態

李 年古

98年ごろ、野村証券グループにいる日本人の友人から電話があった。

「ひとつお聞きたいことがあります。あなたは湖南省のご出身と聞いているので、きっとご存じのことと思う。じつは有名な『湖南遠大集団』について、そこのオーナー社長の身の上に関してなのですが─」。

筆者の私は来日する前にテレビ局に勤めていた関係で、よく地元の企業を取材していたし、またごく最近を除き故郷にはかなり頻繁に帰っていたはずなのだが、この会社の名を聞くのは初耳だった。正直にそう答えると電話の向こう側からはため息が聞こえてきた。やヽショックを隠せない様子である。

彼の話しによると、この企業は私営の企業で、セントラル空調システム装置の製造メーカーとしては中国で最大に成長、中国本土での販売量は日系大手企業を‘臣と呼ぶ’くらいの勢いであるらしい。またいま某日系企業と浴槽の製造・販売事業に取り組み、20億円以上の投資で日本から生産ラインを導入することになっている。その日本メーカとの合作にあたっては現地で大がかりなイベントを開催する予定で、日本からは某元首相もわざわざお祝いに現地に駆けつける、という。この妙な話は一応聞いておくことにした。

後日、筆者は北京に出張する機会があり、中国民航(Air China)に乗った際にその機内にあった新聞の見出しに、「湖南遠大集団、アメリカから中国初のビジネス用飛行機を2機購入、米国人のパイロットを雇う」とあるのを見て息を呑んだのである。その記事によれば、同社の社長である張剣氏は、ビジネス上のユーザーを快適に送迎できるようにと、2機の専用機を買ったということであった。

湖南遠大集団の出世話は、まるで一晩で地中から突き出した軍艦のようなものだ。そしてこれは最近の私営企業の発展ぶりを雄弁に物語っている好例だともいえよう。

中国では市場主義経済が進むにつれて、これまで国民経済を支えてきた国有企業は、軒並み赤字の苦境から脱出できない状況に陥っている。その一方で、私営企業は市場経済への流れに恵まれて大きな勢いで力を伸ばしている。民間企業の全国的な団体である中華全国工商業連合会によれば、99年全国における私営企業と個人企業は合わせて3084万社に上り、うち私営企業の数は127万社である。これらの私営企業は赤字体質に苦しむ国有企業と好対照で、著しい発展ぶりを見せている。98年の生産額が89年の61.1倍の5,853億元、売上高が138 倍の5323億元。納税額は個人、私営企業合わせて700億元を超え、全国の工商税総額の8.5%を占め、中国国家財政収入における私営経済の税収は10%を占めた。

ちなみに個人、私営企業は都市の新規労働力と一時帰休者、特に農村余剰労働力の雇用に大きく寄与している。98年、国有企業などからリストラされた失業者を310万人も受け入れ、深刻な社会問題に発展しつヽある失業問題に悩む政府にとって、私営企業はまさに救いの船としての役割を果たしてくれた。

こうした市場経済の流れを受けとめてのことと思われるが、中国政府では99年3月、全国人民代表大会が開催された際に憲法の改正が実施された。その核心の一つが「私営企業」の地位を認知することであった。従来の憲法は私営企業の形態である「個体経済、私営企業」を「社会主義公有経済の補充」と位置付けてきたが、今回の改正では「社会主義の重要な構成部分」として、その地位を大きく持ち上げたのである。

注:中国では、従業員の人数によって民間企業を「個人企業」と「私営企業」とに分類する。

個人企業
従業員の人数は7名以下の企業
私営企業
従業員の人数は8名以上の企業
中国民間企業とのビジネス交渉