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第1回 北京人の性格と交渉スタイル

李 年古

官僚的な北京人

北京は、中国における長い歴史の中で、朝廷の所在地であった。よって、一般の北京市民は、つねに中央の政府に目を向け、政治に強い関心を持っている。彼らの人生観といえば、まずは権力への指向であり、その点にかけては他の地域の市民よりはるかに強いことが特徴である。北京人の経営者は、国有企業の経営者として実績をあげて、政府の高官になろうと考えている者も少なくない。彼らは、会社の利益を犠牲にしてまでも、中国政府主導のプロジェクトに積極的に取り組もうとする。このため、自分の昇進のためになる外資とのビジネスは積極的に推し進めるが、逆の場合はごく慎重な姿勢を見せる。一般的に北京の経営者がリスクを極度に恐れるといわれる理由はこのへんにあると考えられる。

「大きい」がぴったりの北京人

一般の中国人は、北京人の特徴をさして「大気」という言葉をよく口にする。何事にたいしても度胸がよく気力はたくましいという意味である。

北京人は大雑把な性格で細かいところに神経を使わない特徴がある。相手の弱点や不謹慎さなどは大目にみて、けっして目くじらをたてたりしない。よって細かいところにくよくよするタイプは北京人に嫌われる。とかく小さなことに神経質な日本人に対しては、不快感を覚えることが多いとも聞く。このような性格のためか、あまり儲からない商売には関心を向けず、スケールの大きいプロジェクトや大金が動く商談があると自分の実力も省みず飛びついてしまう。彼らは自らを「大事業をやる戦略家タイプ」と称し、自分の役割といえば、いつも本陣の中で作戦や策略を巡らし千里の野で勝ちを制する軍事家と思っている。こうした北京人に対し、一般の中国人は「大事干不来、小事又不干(大きな事をやり遂げる力もないし、細かい事をやる気もない)」との皮肉を浴びせることもある。

【事例1】

日本のある大手電機メーカーが、エレベータ部品を現地で生産できる工場を北京市周辺で探していたときのこと。いくつかの北京郊外の工場経営者と接触したが、数々の話し合いのなかで驚くべき共通点があったという。日本側が作ってもらいたい部品の加工に関して技術的に困難な問題点を説明し終わらない前に、開口一番「できる、できる」とあっさり答えてきた。事情のわからないはじめのうちは、このような頼もしい反応があることがうれしかったが、交渉をしていくうちにだんだん不安が強くなってきた。果たして彼らの「できる」の返事は、「やれる自信がある」のか、単に「やりたい」の表現なのか、各々のケースでその判断には大いに悩まされたという。

実利より面目にこだわり、感情に走りやすい

北京人とのビジネス交渉の際に注意すべきことの一つは、彼らにとってときには実利よりも面目を立てる方が重要なことがあるという点である。

【事例2】

南方人(湖南省出身)の中国人が北京空港からタクシーに乗った。運転手は乗客の南方人なまりの発音を聞いて北京の人間でないとわかったらしく、目的地までの道を遠回りした。そのことに気づいた乗客は早速クレームをつけたが、運転手とて素直に認めない。つぎからつぎへと出てくる言い訳にうんざりした乗客は思わず「金を取りたいなら素直にチップをくれといったらどうだ。こんなインチキなやり方は泥棒と同じだ」といったのである。泥棒にたとえられたことで自尊心が大いに傷つけられた運転手は、「すぐに降りろ。たとえ一銭もとれなくとも俺は自分の名誉の方が大切だ」と言って、乗客が差し出した料金を受け取らずに去って行った。

北京人はまた、ビジネスパートナーを決める場合、徹底的なビジネス上の判断よりも、むしろ相手が自分とウマが合うかどうかというだけの基準で選んでしまう傾向がある。個人的感情が優先されてしまうのだ。

北京の家具生産メーカーは、深刻な資金不足で日本企業との合弁をどうしても積極的に進めたかった。

【事例3】

ある日本企業と合弁会社を作ることについての合意になんとかこぎつけ、契約調印を交わす日に日本側の社長を工場見学に案内したときに事件は起こった。日本側の社長が、工場の倉庫に置かれた出荷待ちの家具を目にして、「これが新品?ひどいな、日本の中古品でもまだましなくらいだ」と不用意な言葉を漏らした。日本語を勉強していた北京人社長はその意味を理解し、合意寸前だった契約をすぐさま放棄した。
のちにこのことを振り返って北京人社長は以下のように語った。「あのようなせりふを聞いて頭に血が上った。いくら外資と合弁したくても、こんな放漫な相手とわれわれが手を組むなんてとても考えられない」

「交渉ゲーム」に快感を覚える北京人

北京人の性格の特徴といえば、「侃大山」(雑談にふける)という熟語に尽きる。とにかく取りとめのない世間話が大好きで、交渉ごとにおいても大いに楽しめるゲームの一種にすぎない、といった感じにさえ受け取れることがある。また北京人の中には、説得を大いに楽しむタイプが多い。議論のための議論、論争の勝負に固執するあまりに、肝心な交渉目標を失ってしまうこともしばしば起きる。駆け引きの際には、彼らは相手の譲歩を引き出すためにあらかじめ精巧な論理を準備し長い時間雄弁を振るうのが常である。ときには相手を説得することより、自分がその弁舌の才を見せることの方が目的であるようにも見受けられる。

北京人のこのような性格を踏まえ、日本人は次にあげる点に注意を払う必要がある。まず、北京人は時間に対して無頓着であるため、交渉する側は事前にスケジュール、議題の時間配分等を確認しておき、交渉の方向と時間をコントロールすることが大切だ。そして、彼らの冗長な発言の中でいったいどこまでが事実でどこまでが誇張なのかを見極めていく必要がある。単に駆け引きだけでなく、交渉全般にわたって彼らに対応できる弁才がないと最後に勝つのは難しいだろう。とくに口下手で生真面目な人は北京人との交渉は不向きと思われる

地域別に見た中国人のビジネススタイル