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第5回 事前準備なしの会議

岡田 章一

日本の会議ではまずないが、中国では大いに起こり得るハプニング例をご紹介しよう。それは天津市で開かれた某省庁との会議であった。そこには、中方(中国側)からA司長(局長)を頭に20名、日方(日本側)は統括部長クラスを中心に5~6名が出席していた。それほど重要な会議ではないが、その省庁の傘下にある国有企業数社の代表が大勢出ていて、人数的には大きな会議になっていた。しかし、中国人が日本人のざっと四倍という、変にバランスを欠いた会議で、開始される前から奇妙な予感を漂わしていた。

それでも始まりは順調であった。会議はいつものように、中方の要人たちの長い挨拶から始められ、日方からも答礼の挨拶や経過報告などが出され、予定通りに進んでいた。ところが一時間ほど後、実務的な内容に入ったとたんに、進行がおかしくなったのである。それは中方のある若手の処長(課長)のスピーチの時だった。彼が何かを発言するたびに、中方から内容を補足する声が出始め、中には無理に自分の意見を通そうとする者も出てくる始末である。それも通訳が日本語に直さない内に、次々と勝手な発言を差しはさむものだから、日方の出席者には何が何だかさっぱり分からない。やがて会議はとても国際会議とは言えない様相を呈してきた。一向にその騒然とした様子が改善される気配はない。小さな打ち合わせでは度々あることだが、私も、これはさすがに行き過ぎだと感じた。そして情況を静かに見守ることにした。しばらくして、ふと気が付いたのである。中方はきっと事前の準備をしていなかったに違いない、と。たぶんこの大人数での事前の打ち合わせなどは無理だったのだろう。だからここで内部意見の調整をぶっつけ本番でやらざるを得ないのだ。そこで、私はその時の中方リーダーのA司長(局長)の言動に注目してみた。彼は、いかにもこんな混乱には慣れているといった風に、平然として中方のやりとりを流している。そして時折り騒々しく行き交う発言を止めては調整に入った。

これは日方にとっては明らかに異様な事態である。「中国側は失礼だ。我々ゲストの前で堂々と内部の会議をやり出すなんて」とか、「いろんな国際会議でも、こんなのは中国だけだ」と怒る声も出てくる。とくに日本から来た出張者は不快感をあらわにしていた。

そんな中で「この会議はいかにも中国らしい」と私は思っていた。我々の外圧を利用しながら、A氏は、各人ばらばらの意見を自分の思うところに収めている。「これが中国流なのだ」。私は腹を決めた。「まぁ中国側の意見が纏まるだけでも良しとしよう」。

中国人との会議